マクロシナリオ分析の作り方|成長・インフレ・金利・流動性をレポート化
Macro Research Workbench — シリーズ 10
マクロシナリオ分析の作り方|成長・インフレ・金利・流動性をレポート化
マクロ シナリオ 分析は、一つの未来を当てにいく予測ではありません。成長・インフレ・政策金利方向・流動性という前提を複数の条件付き経路に分け、それぞれに観測指標・トリガー・反証条件・伝播経路・更新手順を紐づけて、更新可能なレポートへまとめる作業です。本記事は、架空の教育用データを使って、シナリオカードの作り方とレポート化の手順を最初から最後まで一続きで解説します。
- シナリオと予測の違いを言葉にできる
- 成長×インフレ4象限に政策・流動性を重ねる
- 前提・観測・トリガー・反証・更新を1枚のカードにする
- クロスアセット伝播を「仮説」として扱う
この記事の要点
- シナリオ分析は「予測」ではなく、条件付き経路・観測指標・トリガー・反証条件・更新手順の設計。
- 基本の4軸は成長・インフレ・政策金利方向・流動性。成長×インフレ4象限に政策と流動性を重ねる。
- base/upside/downsideは価値判断ではなく前提の違い。確率を根拠なく自動付与しない。
- クロスアセット伝播は「検証すべき仮説」であって売買方向・価格目標ではない。
- 数値はすべて架空の教育用データ。実データの確認は無料のワークベンチで行える。
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結論
マクロシナリオ分析とは何か(結論から)
マクロ シナリオ 分析とは、成長・インフレ・政策金利方向・流動性という前提を、複数の条件付き経路(シナリオ)に分けて記述し、それぞれに観測指標・トリガー・反証条件・伝播経路・更新手順を紐づける作業です。目的は一つの未来を予言することではなく、「どの条件が満たされたら、どのシナリオが確からしくなるか」を、あらかじめ観測可能な形へ落とし込んでおくことにあります。
この整理をしておくと、新しいデータが公表されるたびに、それがどのシナリオのトリガーを発火させ、どのシナリオの反証条件に触れたのかを機械的に確認できます。結果として、レポートは「当たった/外れた」で捨てるものではなく、前提が変わった箇所だけを改訂して育てていく、更新可能な文書になります。マクロ情報を集めるだけで終わらせず、条件分岐・監視項目・更新頻度の形へまとめたい人に向けた作業です。
本記事はMacro Research Workbenchクラスターの最終記事です。個々のデータの読み方はクラスター各記事に譲り、ここではそれらを一枚のシナリオへ束ねる工程に集中します。全体像を先に押さえたい場合は、マクロ分析完全ガイド(COT・金利・実質金利・EIAをつなぐリサーチ手順)から読み始めると、本記事の位置づけが分かりやすくなります。掲載する数値・図表はすべて架空の教育用データで、実際の市場値・予測・売買推奨ではありません。
用語整理
シナリオと予測は何が違うのか
両者を混同すると、シナリオ分析はただの「複数の当てもの」になってしまいます。違いは、断定するか、条件で記述するかです。
- 予測:「これが起きる」と一つの未来を断定する。評価軸は的中率で、外れれば価値を失います。
- シナリオ:「この条件が満たされれば、この経路が確からしくなる」という条件付きの記述。前提・確認指標・反証条件をセットにし、当たり外れではなく「前提が崩れたときに早く気づけるか」で評価します。
base(基本)・upside(上振れ)・downside(下振れ)という名称もよく使いますが、これは価値判断(良い/悪い)ではなく、前提の置き方の違いにすぎません。景気が強い経路が「良い」わけでも、弱い経路が「悪い」わけでもなく、どの前提が満たされたかを区別するラベルです。また、各シナリオに確率を数値で自動付与することは避けます。確率を付けるなら、その出所(市場が織り込む価格、調査、明示した主観)と更新方法を併記できる場合に限ります。過去局面との比較に踏み込みたい場合は、因果検証を扱うマクロレジーム分析のやり方(過去局面比較・データ改定・先読みバイアス)へ切り分けます。シナリオは将来の条件分岐、レジームは過去局面の検証と、役割を分けるのが要点です。
基本設計
4つの基本軸:成長・インフレ・政策金利・流動性
シナリオを無数に作ると管理できなくなります。まずは4つの軸に絞り、各軸を数段階で分類するところから始めます。
- 成長:改善/横ばい/悪化。近似指標の例は製造業PMI(50を拡大・縮小の境目とする指数)や実質GDP成長率の前年同月比。
- インフレ:上昇/横ばい/低下。近似指標の例はコアCPIの前年同月比(季節調整済)。
- 政策金利方向:引き上げ/据え置き/引き下げ。中央銀行の会合ごとの方向で分類します。
- 流動性:拡大/中立/縮小。中央銀行のバランスシート前年比や準備預金の増減で近似します。定義は市場ごとに異なるため、どの系列で近似しているかを必ず明示します。
成長とインフレを縦横にとると4象限ができ、そこへ政策金利方向と流動性を重ねます。金利差と為替の関係を軸に加えたい場合は金利差と為替の関係(名目・実質・期待で比較する方法)を、金利そのものの水準やカーブ形状を確認したい場合は米国債利回りとイールドカーブの見方(2年・10年・実質金利)を参照してください。
可視化 1
成長×インフレ4象限シナリオマップ
次の図は、横軸にインフレ(左=低下/右=上昇)、縦軸に成長(上=改善/下=悪化)をとり、4象限に典型的な状況名を置いたものです。そこへ本記事で一貫して使う架空の3シナリオ(Base/Upside/Downside)を点で配置しています(すべて架空の教育用データ)。
重要なのは、象限を「良い/悪い」で色分けしないことです。上の図では色に加えてラベル(U/B/D)と象限名を併記し、色だけで意味が伝わらないようにしています。どの象限に落ちるかは前提の置き方の違いであって、そのまま売買方向にはなりません。
データ辞書
架空データセットと時点・単位・変換
シナリオ分析では、各シナリオが同じ指標定義・頻度・単位・変換を共有していることが前提です。ここで本記事全体を通じて使う架空データセットを一度だけ定義し、以降の本文・図・表・ミニツールで値を変えません。すべて教育用の架空データで、実際の公表値ではありません。
| 指標 | 単位/変換 | 頻度 | Base | Upside | Downside | 出典(例示) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 製造業PMI | 指数(50=拡縮境界) | 月次 | 50.2 | 53.5 | 47.0 | 民間調査 |
| 実質GDP成長率 | YoY %(SA) | 四半期 | +1.2 | +2.4 | −0.3 | 統計機関 |
| コアCPI | YoY %(SA) | 月次 | 3.1 | 3.8 | 2.4 | 統計機関 |
| 政策金利 | %(会合ごと) | 会合 | 4.50 | 4.75 | 3.75 | 中央銀行 |
| 10年国債利回り | %(level) | 日次 | 4.20 | 4.60 | 3.60 | FRED |
| 2年国債利回り | %(level) | 日次 | 4.35 | 4.75 | 3.50 | FRED |
| 2s10sスプレッド | bp(10年−2年) | 日次 | −15 | −15 | +10 | 計算 |
| 10年実質金利 | %(TIPS level) | 日次 | 1.90 | 2.20 | 1.30 | FRED |
| 10年ブレークイーブン | %(BEI) | 日次 | 2.30 | 2.40 | 2.30 | 計算 |
| 中央銀行BS前年比 | %(YoY) | 週次 | 0 | −5 | +8 | 中央銀行 |
| EIA原油在庫 週次変化 | 百万バレル | 週次 | +2.1 | −1.5 | +4.0 | EIA |
あわせて、伝播の議論で使う補助的な架空の統計値を2つ固定します。金価格と10年実質金利の52週ローリング相関は −0.62(観測数 n=52週、無次元)、コアCPIサプライズのzスコアは +1.4(サンプル定義:過去24か月、平均・標準偏差で標準化)とします。ローリング相関では窓幅・最小観測数・端点・欠損処理を、zスコアではサンプル数と分母定義を明示するのが原則です。COTのポジション建玉をシナリオの確認指標に加える場合は、パーセンタイルとzスコアの読み方をまとめたCOTパーセンタイル・Zスコアの見方(極端値と建玉変化を比較する)を、金と実質金利の関係は金価格と実質金利の関係(逆相関を局面別・ローリング相関で検証)を参照してください。
可視化 2
シナリオカードの作り方(前提→観測→トリガー→伝播→反証→更新)
シナリオは1枚のカードに落とすと運用しやすくなります。カードには6つの欄を用意します。前提、観測可能な確認指標、トリガー、伝播経路、反証条件、次回更新日とデータ出典です。次の図はこの流れを左から右へ示したものです。
トリガー(そのシナリオが確からしくなる条件)と反証条件(そのシナリオが維持できなくなる条件)を必ず対で設計するのがコツです。反証条件を先に決めておくと、出た数字に後付けで理由をつける確証バイアスを避けられます。伝播経路の欄は、あくまで「検証すべき仮説」を書く場所であり、売買方向や価格目標を書く欄ではありません。
伝播経路
クロスアセット伝播は「仮説」として扱う
各シナリオが金利・通貨・株・金・原油へどう波及しうるかは、シナリオ分析の見どころです。ただしここは最も誤読が起きやすい部分でもあります。伝播経路は「この前提なら、この経路を確認しに行く」という監視の道しるべであって、「だから買い/売り」という結論ではありません。以下の対応は、一般に議論される経路の一例で、架空の教育用データに基づく整理です。
| 資産クラス | 確認しに行く経路(仮説) | 主に見る指標 | 参照記事 |
|---|---|---|---|
| 名目金利 | 成長・物価の強弱が金利の水準とカーブ形状に及ぶ経路 | 10年・2年利回り、2s10s(Baseは−15bp) | MR04 |
| 為替 | 名目・実質の金利差と期待が通貨に及ぶ経路 | 実質金利差、政策方向 | MR05 |
| 金 | 実質金利と流動性が金に及ぶ経路(52週相関 −0.62) | 10年実質金利、中央銀行BS | MR06 |
| 原油 | 成長期待と需給が在庫・価格に及ぶ経路 | EIA在庫(Base +2.1百万バレル) | MR07 |
| 株(広義) | 成長・金利・流動性が評価とリスク選好に及ぶ経路 | 実質金利、流動性、成長指標 | MR01 |
相関は因果を証明しません。金と実質金利の52週相関が −0.62 であっても、それは同じ期間に一緒に動いた度合いを表すだけで、どちらかが原因だと確定するものではなく、期間を変えれば符号や強さは変わり得ます。先行・遅行の関係を確かめたい場合は、時差相関の設計を扱うリード・ラグ分析とは(時差相関で先行・遅行関係を検証する方法)を参照し、原油の需給側はEIA原油在庫の見方(在庫・生産・輸入・製油所稼働率を整理)で確認してください。伝播経路は「先行指標だから予測できる」という断定に変えず、確認すべき次のデータを指し示す道具として使います。
可視化 3
国別マクロカードで横断比較する
シナリオを複数国へ広げるときは、指標定義・頻度・季節調整・通貨単位をそろえることが欠かせません。定義がずれた国同士を並べても比較になりません。次のダッシュボード風の図は、架空の3か国(国A・国B・国C)を同じ指標定義で並べたものです(すべて架空の教育用データ)。
国別に見ると、同じ「減速」でも政策金利の水準や実質金利が異なり、シナリオの前提も国ごとに変わることが分かります。購買力平価や通貨単位の扱いをそろえないと、水準比較が誤解を生む点にも注意します。
監視・保存・出力はPro、データ統合・シナリオ・レポート化はPremium
ここまでのシナリオカードや国別カードは、日々の確認までは無料で行えます。長期履歴での監視、レイアウトや注釈の保存、PDF/CSV/PNG出力が必要になったらPro、ブラウザ内でのデータ結合・Point-in-Time・シナリオビルダー・Report Studioまで進むならPremium、という業務工程で比較すると選びやすくなります。料金ではなく、必要な再現性・保存・研究品質・レポート頻度を判断軸にしてください。
一貫した例
架空の3シナリオ例:更新でトリガーが発火し、反証される流れ
ここまで定義した架空データセット(表1)を使って、3枚のシナリオカードを実際に書いてみます。各カードは前提・観測指標・トリガー・反証条件・次回更新日・伝播経路(仮説)を持ちます。値は表1と一致させています。
| 欄 | Base:緩やかな減速とインフレ鈍化 | Upside:再加速 | Downside:景気減速 |
|---|---|---|---|
| 前提(成長/物価/政策/流動性) | 横ばい/低下/据置〜引下げ/中立 | 改善/上昇/引上げ/やや縮小 | 悪化/低下/引下げ/拡大 |
| 観測指標(PMI/コアCPI) | 50.2 / 3.1% | 53.5 / 3.8% | 47.0 / 2.4% |
| トリガー | コアCPIが3%台前半で低下継続、PMIが50前後で推移 | PMIが53超で2か月連続、コアCPIが再加速 | PMIが48を下回り雇用も弱含み |
| 反証条件 | PMIが53超を2か月連続、またはコアCPIが3.5%超へ再上昇 | PMIが50割れ、または政策が据置転換 | PMIが50超回復、コアCPIが下げ止まり |
| 次回更新日 | 2026-08-14 | 2026-08-14 | 2026-08-14 |
| 伝播経路(仮説・要検証) | 金利は横ばい圏を確認、金は実質金利1.90%を注視 | 金利上昇圧力とドル底堅さを確認しに行く | 金利低下圧力と在庫積み上がり(+4.0百万バレル)を確認 |
ここで、更新日に新しい観測が入ったとします。たとえば製造業PMIが 50.2 から 53.5 へ改善し、2か月連続で53を上回ったとします。この観測は、Baseの反証条件(PMIが53超を2か月連続)に触れ、同時にUpsideのトリガー(PMIが53超で2か月連続)を発火させます。つまり、同じ1つのデータ更新が、あるシナリオを反証し、別のシナリオを確からしくするという形で機能します。
大切なのは、この時点でやることは「レポートの改訂」であって「売買判断」ではない点です。Baseの前提が崩れたので、確認しに行く伝播経路をUpside側(金利上昇圧力やドルの底堅さ)へ切り替え、次に見るべき指標を更新します。過去に似た局面があったとしても、条件の一部が似ているだけで同じ結果を保証しません。過去局面の扱いはマクロレジーム分析の記事に切り分けます。
教育用ミニツール
シナリオ・マトリクス作成器
下のミニツールは、シナリオカードの骨組みを組み立てる練習用です。成長・インフレ・政策方向・流動性・証拠品質を選び、監視指標・トリガー・反証条件・次回更新日を入力すると、最大3シナリオぶんのカード要素を整理して表示します。確率・価格目標・売買方向は自動生成しません。伝播経路は「確認しに行く経路(仮説)」として、見るべきデータ系列を示すだけです。入力はブラウザ内で完結し、保存・送信は行いません。
まず、JavaScriptが無効でも読めるよう、既定入力に対する静的な出力例を示します。この静的例は下のツールの初期状態と一致します。
| 欄 | 内容 |
|---|---|
| 前提 | 成長=横ばい/インフレ=低下/政策=据置/流動性=中立(=Base象限) |
| 証拠品質 | 中(確率は数値化せず、証拠品質で記録) |
| 監視指標 | コアCPI YoY, 製造業PMI |
| トリガー | コアCPI YoY > 3.5% または PMI < 48 |
| 反証条件 | PMI > 53 が2か月連続 |
| 次回更新日 | 2026-08-14 |
| 確認しに行く経路(仮説) | 名目金利(MR04)・実質金利と金(MR06)・金利差と為替(MR05)・原油在庫(MR07) |

